辻まことの作品

虫類図譜 山からの絵本「夏の湖」  秀山荘

『虫類図譜』より抜粋
「世論」

  微小であるという。巨大であるとも言う。全然存在しないともいう。
新聞紙のミノから生まれ、新聞紙を食べ、テレビのブラウン管の中に育てられ、ラジオを子守歌に聴きながら生長し、新聞紙やテレビを支配する。
 やがてそれらを媒体として人々の脳に卵を生みつける。それによって人々は熱をともなった集団的発作を惹起することがある...といわれている。しかし、これは皆外国の話だ。日本にはその例証はないようだ。この虫の生育をはばむ島の風土については未だ明確な発表がない。多分一種のFood Order があるにはちがいないのだが・・・・・。

「防衛」

 この甲虫は恐怖からわいた。
 自己不信の対象転置が、この不潔な生物の発生原因だ。
 かって、嵐が大胆な手術を受け、腐敗した枝を切落としたとき、樹木は天と地の善意に感謝の憲法を告白した。その傷痕からは、みづみづしい若い芽がでる筈だった。だが病根は意外に深く、舌のウラは化膿し、悪臭を発生し始めた。
 臆病なよろいをまとったニヒリストどもがにほいを嗅ぎつけた。
 樹液は吸取られ、涙はヤニになる。 

「愛」

 愛虫は関係をつけにくる。
 欠乏がこの虫の本質だから、それをうめようとして近所のものに触手を延ばす。
 こんなにも相手のことをだいじがり、こんなにも自分のことしか夢中にならない虫もめずらしい。
 すり寄られたからって、すこしも憐れんでやる必要はないわけだ。  

「臆病」

臆病はいつも家重代の宝物の中に巣を食っている。
 いつだって実用にされた試しのない、在るというだけで一向に役に立たない代物の内側で、八方睨みの虫がガンバッている。
 ニシキの袋から取出され、太陽の下でカンナくずように身をまく虫を、私は虫ぼしの日に見たことがある。  

「友情」

  これはきれいな素晴らしい生物だ。青い鳥と一緒に住んでいると長い間信じられていたが、それは嘘だ。
 青い鳥の棲息温度はこの虫を殺す熱さだ。この虫は冷静な氷点にとどまり、時空をはるか自由なスペースに住む。その姿を見ようとするものは、極地の孤独な山脈を越えていかなくてはならない。 

「劣等感」

 優等感虫がちょん切れて尻尾が生きていると、それが生長して劣等感虫となる。
 寄らば大樹の陰、鶏頭よりは牛のケツとならん……は優等虫の声で、牛尾たらんよりは鶏頭を目ざすのが劣等感虫の心意気だ。 
 人間どっちか一匹飼ってると無事だが二匹一緒に飼うと頭がオカシクなる。  

「経験」

 経験は夢の代用虫として高く評価されているが、迷信である。
 「経験は最良の教師である」なんてどこのバカがいったのか?
 人間は一度失敗する理由をもっていれば、百のヴァリエーションをもって千の失敗を続ける。誰でもかれでも前科百犯だ。
 こんな虫を信用すること勿れ。 

「科学」

夢の情緒が美しい羽根を拡げて、軽々と空に舞ったあとから、一匹の虫が懸命に塔を建てて跡を追う。それはまるで菌だ。相対的な配分でのび上がり、その上に証明された床を作る。
 情緒の羽根を眺める目を持たないものにも、このバベルの塔はよく見える。  

「習慣」

 習慣は普通とても立派な風采をしている。
 見たところどっしりと貫禄も十分。動くとも見えぬ姿勢。
 だがつまんで逆さにひっくり返してみなさい。なんだコイツと思うにちがいない。空箱同様カラッポさ。
 空箱の中に空箱の中に空箱の中に空箱の中に空箱…というぐあいに積み重なっている場合もある。ラッキョ、タマネギ同様新蕊はない。

 アニ怖るるに足らんや。  

「衝動」

 この虫は決して盲目ではない。その眼は千里の彼方を洞察している。
 彼女は一瞬のうちに永遠を生きる。その鋭い鎌は万物の生を即座に奪い、その命に依って生きる彼女自身も亡くすが、瞬間の痛苦から発する電光をもって、新しい生の実りを生むのだ。
 これは生物における最後の理性だ。 

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